
奈良市近鉄奈良駅から東にすぐのところ、何故か奈良公園の中にあるお寺で、奈良にお住まいの方も奈良県外の方も遠足や修学旅行等で近くの東大寺や春日大社と同様、一度は訪れたことがあるかもしれません。
藤原鎌足やその子藤原不比等ゆかりのお寺で、南都七大寺の一つですが、1998年12月に日本で9件目の世界遺産 『古都奈良の文化財』 として、春日大社、東大寺、薬師寺ほかとともに登録されました。
平日は外人さんの観光客が多く、眺める眼差しはとても真剣で、東洋日本の歴史を楽しんでくれているようです。

興福寺を訪れたことのある人は、何故公園の中にお寺があるのか不思議に思ってことはありませんか。明治元年の神仏分離令までは、春日大社と一体の信仰が行われていたようです。その神仏分離令により、寺領は没収され、僧侶は春日大社の神職になり、境内の塀は取り壊され、樹木が植えられて、奈良公園の一部になってしまいました。一時は五重塔も売りに出されたことがあるそうです。
「信仰の動線」が欠落していると言われるのはこれをさしているんですね。

やはり現在奈良公園のシンボルといえば興福寺五重塔です。高さ約50m、京都の東寺(約55m)についで2番目に高い。この五重塔と北隣りの東金堂は、600年ほど前の再建ですが、天平の純和様建築が取り入れられています。和様といっても飛鳥・奈良時代にかけての大陸系の建築様式ですが、日本で古くから行われてきたという意味のようです。
文学博士の故川勝政太郎先生曰く
「白雲を背景に空高くそびえる姿、池畔の松・柳の醸し出す自然の美しさ、その前に鏡のごとき猿沢の池は、悠久千年の古色をたたえつつ塔影を映している。」(私の学生時代の愛読書より)

例えば、柱の上にあって軒などを支えるものを斗栱(ときょう)とか組み物といい、軒を長く(深く)するために二手先(ふたてさき)とか、三手先(みてさき)という斗栱(ときょう)がありますが、屋根の下まで行って軒裏を見上げると、屋根を支えている当時の匠の技術と建築美に感動するはずです。
写真は、興福寺東金堂の和様三手先斗栱(みてさきときょう)です。